『13年前からの想い』
僕には取材中に目の前で助けられなかった子ども達がたくさんいる。
もちろん、悔しい。
「あの時、自分はもっと何かできなかったのだろうか」と、今なお、自問自答する時もある。
 
人の生死は、運命なんてそんな簡潔な言葉で片付けられるものではない。
過酷な環境の中、必死にもがいてもがいて辿り着いた先の分岐だったはずだ。
だからこそ、命が抱きかかえた小さな身体から零れ落ちるようにすり抜けていくことが悔しいのだ。
もちろん、僕はスーパーマンではないし、大金持ちでもない。
だから、人を救うなんて、そんな大層なことはできない。
でもね、人が救われるきっかけやサポートを自分なりに構築していくことはできると思っている。
戦争だろうが貧困だろうが
決して、大人が子ども達の未来を奪うことがあってはいけない。
だからこそ、『コミュニティの関係を強め、家族も含めてのサポートや経済循環していける仕組みを創り出し、子ども達が未来を自由に描ける環境を構築していく必要がある』と僕は考える。
一秒一秒が真剣勝負。
人見知りなんて、無我夢中な生活の中で矯正していけばいい。
恥ずかしがり屋なんて、とことん人前に出続ければいつの間にか忘れる。
思いを理解してくれる仲間だって、真剣にやっていたら、たくさんできるはずだ。
そんな些細な自分のことよりも、どれだけ早く、人が救われるきっかけやサポートを生活も経済も循環する形でいち早く構築していけるかだ。
短期的なボランティアのような形では意味がないし、自分の家族を幸せにすることは大前提であるが。
悔しさはモノを創る推進力に。
悲しみは喜びを生み出す仕組みに。
そして、たくさんの子ども達と約束してきたことは、実行力に変えていく。
どんな困難にぶち当たっても、必ず這い上がってみせる。
理不尽な死との向き合いはもうしたくない。
路は果てしなく長く険しい。
でも迷うことはない。
『皆で笑える世の中を。』
日々精進、日々感謝。
そして、ひたすらに進むのみ。
13年前に自身で抱えた目標は、
サイラ(再生する人達)となった今でも
鉄心石腸の言葉とともに、今も自身に焦ることなく息づいている。